「そよ風」を味方につけて

メンバー紹介
イラスト by わきもと

わきもとさんの平日は、自転車通勤でスタートする。雨の日も風の日も自転車をこぎ続けて20年。約30分かけて会社へ向かう。

そして、わきもとさんにはもう一つの“顔”がある。それが、副業で携わっているスバキリ一味でのデザイナーだ。

この1年、それぞれの仕事で異なる種類の「充実感」を手にしているという。

現在、会社では営業事務をしているわきもとさんだが、元々は職場でも「デザイナー」として働いていた。

未経験でデザインの世界へ

わきもとさんが勤めているのは、プラスチック容器製造やその他資材を販売している会社。5年程前まで、「食品トレー」のデザイン業務を担当していた。

スーパーで販売されている肉や魚、お惣菜などが盛り付けられている、発泡スチロールのあの“お皿”である。

「みなさんあまり意識していないかもしれませんが、食品トレーは、載っている食材がいかに『おいしそうに見えるか』ということを細かく計算して、デザインされているんです」

わきもとさんがデザインした食品トレー。

「食肉だったら、薄くスライスしたお肉からトレーの色が透けてもいいように、お肉が引き立つ微妙な色味を吟味します。お寿司の場合は、黒を基調に金色を使って、高級感が出るようなデザインを必死に考えます。

色数が増えるたびにコストも上がってしまうので、使う色はなるべく少なく、本物のお皿っぽく見えるにはどうしたらいいか、スーパーにも足繁く通ってライトの状態をチェックするなど、熱心に研究していましたね」

こだわりと情熱を持って取り組んでいたデザインの仕事。元々デザイナー志望だったのですか? と聞いてみると、意外にもこんな応えが返ってきた。

「いえいえ、全然!! 今の会社に入る前は、ドラッグストアで販売の仕事をしていました。そこで作ったポップが、全店舗共通で実施されていた「ポップ大賞」に選ばれまして。

『バンテリン』のポップだったのですが、学生時代からイラストを描くのが大好きだったので、『腰が痛い』『肩こりがつらい』とか、そういう絵を描いたような気がします(笑)」

イラストは昔から得意だったわきもとさん。お兄さんが務める施設のチラシに登場する大根のキャラクターは、わきもとさんがデザインした。

「ただ、販売員は立ち仕事がキツかったので、事務職に転職しようと考えて、今の会社の経理業務の募集を受けに行きました。そうしたら、“ポップ大賞”の実績が目に入ったのか、『デザインの仕事をしてみませんか?』と声をかけていただいて……」

なんと、経理ではなくデザイン職で採用されたそう。ちょうどそれまで勤めていたデザイナーが退職するところで、その人と入れ替わる形で、わきもとさんがデザインを担当することになった。

しかし、仕事でのデザイン経験はなく、「フォトショップ」や「イラストレーター」など、デザインで使うパソコンソフトの存在さえ知らなかった。何もかもが初めてで、最初はもう“ちんぷんかんぷん”状態。仕事が終わった後にデザイン学校に通って、必死で業務に必要な知識や技術を身につけたという

未経験ながら、自分の興味分野に飛び込んでいったわきもとさん。最初こそ苦労したが、誠実な仕事ぶりで、着々とデザイナーへの道を進んでいった。

不安とともにやってきた「運命の出会い」

それから数年が経ち、仕事にもずいぶん慣れ、デザインの楽しさを感じながら充実した時間を過ごしていた。

グループの子会社同士での合併話が持ち上がったのは、そんな時だった。

親会社にもデザイナーがいると聞いて、複雑な想いを抱いていたわきもとさん。しかし何を隠そう、この「もう一人のデザイナー」が、その後スバキリ一味に誘ってくれることになる、小川さん(おととごとさん)だった。

ライバルなんだろうか? 感じの悪い人だったらどうしよう……。不安でいっぱいのなか迎えた初顔合わせは、わきもとさんにとって忘れられない日になった。

「当時私は、京都タワーのマスコットキャラクター『たわわちゃん』にハマっていて、それをプリントしたオリジナルのタンブラーを使っていたんです」

京都タワーのH Pには、たわわちゃんのプロフィールまであった!

「初めましての挨拶の後、小川さんはすぐに、『これ、“たわわちゃん”ですよね』と話しかけてきて、その後ボソッと『私、みうらじゅんの“ゆるキャラ図鑑”持ってるんですよ〜』とつぶやいていました(笑)

これが小川さんと初めて交わした会話です。この時私は、『この人とは仲良くなれるわ〜』と確信しました」

その後数年間、わきもとさんは小川さんと同じ職場で働いた。お互い刺激を受けつつ、職場の同僚という立場を超えて何でも話せる関係に。そして、大人になってからはなかなかできない、信頼できる「友人」になった。

わきもとさんにとって、“運命の出会い”といってもいいほど、小川さんの存在はその後の人生に大きな影響を与えている。実は、現在の旦那さんも、小川さんの紹介だそう!

「不本意な仕事」で見つけた新しい充実感

2012年頃から、徐々に大きくなってきた「脱プラ」の流れ。わきもとさんの会社も、食品トレーなどのプラスチック容器製造から撤退し、大きな方向転換を図ることになった。

最初に営業事務への打診があった小川さんは、デザインの道へ進むため退職してフリーランスへ。その後数年、わきもとさんはデザイナーとして業務に携わったが、2015年、とうとう「デザイン部門を完全になくす」という通告があり、営業事務への異動を余儀なくされた。

ここでわきもとさんは、会社に踏みとどまる決断をする。

「もちろん、デザインの仕事を続けたいという気持ちはあったんですが、自分がデザイン職で転職なんてできるのか、はたまたフリーランスになって通用するのか、不安の方が大きくて。ちょうど妊娠とも重なり、安定した会社組織で働ける魅力も大きいと感じました。

営業事務に移った当初は、仕事内容も全く違うしミスも多くて、『もう辞めたい!』と何度も思いました。でもグッとこらえて続けていると、意外にも充実感を持てるようなって。営業さんに『ありがとう、助かるよ』などと声をかけてもらえると、単純にうれしいですよね。

デザインの仕事はどちらかという職人的で、自分の達成感は大きいけれど、誰かに直接感謝されることはあまり多くありませんでした。営業事務はダイレクトに人の役に立っていると実感できから、デザインとはまた別の楽しさ、モチベーションがあると感じています

わきもとさんが営業事務で販売に携わっているのは、外壁に使われる資材などが中心。

「ちょっと違う」「辞めたい」と思っても、まずは用意された仕事をやってみる。すると、そこで知らなかった業務の面白さを発見できることもある。思い切って環境を変えることが良い場合もあるが、今いる場所や人を大切にすること、誠実に向き合うことから生まれる新しい可能性も、それと同じくらい大きい。

わきもとさんは、無意識のうちに後者の価値をしっかり理解し、その時の自分に合った選択をしていたのだろう。

再びデザインに携わる〜スバキリ一味への参加〜

営業事務の仕事も板につき、淡々と業務をこなせるようになっていた昨年、退職後も家族ぐるみの付き合いを続けている小川さんから、「やってみいひん? 」と声をかけられた。そして、スバキリ一味への参加を決めた。

「デザインの仕事ができなくなった当初は、かなり悶々としていて。小川さんはその時の私を知っているから、声をかけてくれたんだと思います。スバキリ一味に入って、サムネイルづくりのために約5年ぶりにデザインに携わりましたが、やっぱり楽しいですね! ついつい時間を忘れて夢中になってしまいます」

わきもとさんがデザインしたサムネイル

現在5歳で幼稚園生の娘さんがいるわきもとさん。平日フルタイムで働き、帰宅後は育児と家事に追われる日々。物理的に、どうやってスバキリ一味の仕事時間を確保しているのだろうか?

「当初はサムネイル担当だったので、子どもを寝かしつけた後に夜なべして作業したり、休みの日も必死にデザインする時間をつくったりしていました。でも、子どもと向き合う時間も減ってしまうし、体力的にも厳しかったんですよね。

それで途中から、目標達成した方向けに、サムネイルにネクストゴールを入れる担当にしてもらいました。これなら、既存のサムネイルをベースに情報を加えるだけなので、それほど時間はかからずに作成できます」

わきもとさんが「ネクストゴール」デザインを入れたサムネイル

「限られたスペースに色や書体を工夫しつつ、図形などを組み合わせ、どうしたらバランスや見栄えよく仕上げられるか考えるのが、すごく楽しいんです」

サムネイルイメージに合わせて「ネクストゴール」もデザインされていることがよくわかる。

スバキリ一味でも、仕事をしながら“ちょうどいいバランス ”を見つけたわきもとさん。新しい場所で、自分らしく仕事をする「ボジション」を見つけるのがとても上手だと感じる。

さらにスバキリ一味では、デザインに携われる楽しさだけでなく、職場では感じられない「刺激」も受けているという。

「会社組織では、積極的に意見を言う人や新しいことを提案する人は、なんとなく煙たがられる雰囲気がありますよね。だから、どうしても受け身になりがちなんです。

でも、スバキリ一味のミーティングや業務上のやりとりを見ていると、みんなすごく積極的だし、自由に発言できる環境があることで改善されていくことも多いんだなと実感します。自分も受け身になりすぎるのはよくないと振り返る機会にもなっていますね」

そう話すわきもとさんの表情はイキイキしていて、2つの仕事に携わっているからこそ得られる充実感に満ちている。

「そよ風」に乗って

わきもとさんの話を聞いていると、自分のペースで歩いている人だけに吹く「そよ風」があるのではないかと感じる。

「自分が思い描いていた未来」と異なる状況がやってきたとき、まずはそこに謙虚に向き合って、自分ができることを吟味してみる。その上で、納得できる道かを確かめる。

事務職を希望してデザイナーになった時も、デザイナーから営業事務に異動した時も、ある意味「苦しい状況」だったが、腰を落ち着けて取り組み、その場所でじっくり仕事に向き合った。

だからこそ、新しい自分の可能性や仕事の楽しさを見つけることができた。そして、その先にスバキリ一味との出合いがあり、一度は手放した「デザインの仕事」との新しいバランスも手にすることができたのだ。

本記事のサムネイルに使ったイラストは、わきもとさんがご自身で作成されたもの。

自分らしい人生を歩くために必要なのは、大きな変化を後押しする「追い風」だけじゃない。わきもとさんのように、様々な変化に誠実に向き合う姿勢を貫いていれば、「そよ風」がふわっと吹いて、自分の進みたい方向へ導いてくれるのではないだろうか。

娘さんの成長とともに、本業と副業のバランスは徐々に変わっていくかもしれない。でもきっと、わきもとさんはこれからも「そよ風」を味方につけて、着実に進んでいくに違いない。

取材・執筆 川崎ちづる