中村さんが、最初にスバキリ一味のライターとしての仕事を受けたのは、初めてのお子さんを出産した2カ月後のことだった。
すでにいたメンバーたちは、2カ月の赤ちゃんがいる状態で新しい仕事を始める彼女のパワーに驚き、取材から文章を書きあげるまでの早さに驚き、ほかにも2つの在宅ワークをこなしているということにも驚いた。
クライアントと接するオンライン取材は基本的に週末か夜、夫さんが娘さんの面倒を見られる時間帯に受け、ライティングや事務仕事など、自分で完結できる仕事は、娘さんの様子を見ながら日中にもこなす。この4月に娘さんが1歳ちょうどで保育園に入園するまで、中村さんはそのような働き方を続けてきた。
これまでのいわゆる一般的な会社勤めでは、産休・育休中は、仕事を休んで育児に専念するのが「普通」とされていた。しかし、中村さんのような働き方なら、工夫次第で子どもが本当に小さいときにだって仕事と育児は両立できる。
「ずっと子どものことと、家のことだけしていたい、というタイプではない。仕事を通じて社会とつながっていたい」と自己分析をする中村さんにとって、在宅ワークという働き方はかなり理想的だ。働き方を選べるようになった今の時代、子育てと仕事のバランスだって、いろいろなかたちがあっていい。
3つの在宅ワークを掛け持って
中村さんは現在、3つの仕事を掛け持ちしている。
ひとつめは、人材コンサルタントの会社のバックオフィス業務。月額固定報酬の業務委託としての、経理や総務の仕事だ。
2つめは、会計事務所の会計入力業務。自分の都合のよい時間に業務をし、かかった時間を申告する時給制のパートタイムの仕事として受けている。
そして3つめが、このスバキリ一味のライターとしての仕事。こちらは案件ごとの報酬を受け取るタイプの業務委託である。
いずれも基本在宅勤務なので、今の自分にはとてもありがたい、と中村さんは言う。
「先週も娘が熱を出して保育園を休んだのですが、会社勤めだったら、みんなに謝って会社を抜けてお迎えに行かないといけなかった。でも今の働き方だと、連れて帰ってきた娘を家で見ながらでも仕事ができるし…満員電車などのストレスがないのもいいですね」
そんな今の理想的な働き方に出会うまで、土台作りの期間があった。
会社員時代の「つらい」経験が資産に
大学を卒業した中村さんは、正社員として資材メーカーに就職する。2012年卒の学生たちは、東日本大震災の影響で「内定切り」も増えるなど、就職活動もなかなかに厳しい年。中村さんが就職した先も、やっとの思いで内定をもらった会社だった。
新卒採用2人のうち、本社配属は中村さんただ1人。いちばん年の近い先輩でも一回り年上という環境で、経理をはじめとする諸々の仕事をすることになった。
「入社前に簿記は勉強したものの、数字は好きじゃない、エクセルの使い方もよく分からない、社会人の心得のようなものもよく分かっていない状態で、毎日毎日怒られてばかり…家に帰ってもひとりだから、つらくてつらくて…」
この状態は、仕事に慣れ、プライベートで彼(のちの夫)ができるまで1年以上続いたのだという。
中村さんが、「つらい」を乗り越え、この会社で身に着けた経理の知識は大きなスキルとなり、結婚して引っ越し、職場を変えた今でも、会計事務所の仕事を受けるに至っている。
つらい環境には無理していなくていい。自分が心地よい居場所を選ぼう―そういう風潮のある現代だが、「つらい」という感覚が、自分の可能性を広げる「ストレッチゾーン」にいることに伴う場合もあるということを忘れてはならない―中村さんの生き方はそう教えてくれる。
いろいろな働き方があることを知って
遠距離恋愛を経て結婚した中村さんは、新卒で勤めた会社を退職し、北九州から夫の暮らす大阪へと転居。間を置かず転職活動をし、事務・総務の仕事をはじめた。
その時期に、以前から好きだったはあちゅうさんのオンラインサロンに参加。
朝活や飲み会、遠足など、大人のサークルのような感覚で参加しているなかで、会社員以外にもフリーランスや副業など、いろいろな働き方があることを知った中村さん。夫の仕事は転勤の可能性があるため、普通に勤めに出るよりも、オンラインの仕事がいいのではないかと考えるようになった。
そして、1年勤めた会社を辞めたタイミングで、はあちゅうサロンのメンバーから、人事コンサルティング会社の在宅でのバックオフィス業務を紹介された。いつかできたらいいと思っていた働き方が叶うことになった。
できることと好きなこと
「今までは“自分にできること”を重視して仕事を選んできたような気がします。絶対にこれしかやりたくない、というわけではない」という中村さん。職種よりも、どのようなことを求められる仕事か、それが自分に合っているか、ということに重きを置いてきた。
「ストレングスファインダー(現クリフトンストレングス)で診断すると、私の高い資質は最上志向・責任感・指令性・慎重さ・学習欲です。何かを頼まれて、締め切りのなかでやりきる類の仕事に充実感を覚えるタイプなのですよね。経理でもライティングでも、パズルのピースがかちっとはまるのに似た感覚を体験できる瞬間が快感。取材の前や書いていく途中で調べて知識が増えていくのもとても楽しいです。スバキリ一味の仕事に関わるようになって、世の中にはこんなに今まで知らなかったビジネスがあるのか、とワクワクします」
しかし一方で、書道や音楽など専門的な分野に打ち込むスバキリ一味のメンバーを見て、羨ましさも感じるのだという。私も中村さんと似たタイプなので、気持ちがとてもよく分かるのだが、着実で地道な活動を好む人間は、そのことに誇りを持つ一方、華やかで情熱あふれる人に憧れる。
以前、こんなことを教えてくれた人がいた。「人生を豊かにするための“情熱”っていろいろなかたちがあるの。打ち上げ花火のように、目立って美しく、みんなが惚れ惚れするような情熱もあれば、炭火のように、じんわりとずっと続くような情熱もあるのよ。どちらも情熱には変わらないのです」
中村さんの情熱も、きっと炭火のように続くタイプのものだ。そしてその情熱のひとつは、おそらく文章にまつわるものなのだろう。読むのも書くのも好きで、大学は近代文学を研究したくて文学部を選んだほど。小説・ビジネス書・自己啓発本・マンガ…何でも読むし、ブログを書くのは楽しいと感じるのだという。
2020年、妊娠中に、自身の在宅ワークでの経験をまとめて電子書籍として出版した経験もある。
そんな中村さんが、はあちゅうサロンで一緒だったのましほさんに誘われ、ライターとしての仕事も受けるようになった。これは「できること」に加えて「好きなこと」も仕事になったという大きな変化だ。
人生の「フロー体験」を迎えるために
取材をするなかで、「好き」や「充実」にまつわる興味深い話を聞いた。中村さんが、高校時代から大学時代まで夢中になっていた茶道でのことだ。
中村さんは、茶道に魅せられた理由をこう語る。
「作法、動作を習得していくのが面白かったし、「フロー体験」「ゾーンに入る」などと表現される、時間が経つのを忘れるほど目の前の一挙手一投足に集中できる瞬間が快感でした」
フロー体験とは、
●思ったことが即座に実行できる
●自分でコントロールしている感覚を持つ
●活動に本質的な価値を感じたり、非常に好きで面白いと思ったりする
などの条件がそろうと訪れることのある、自我を忘れるほどの極度の集中状態のことだ。人間の高い創造性や生産性を発揮する状態とも言われている。
これらの要素は、時間を忘れるまでいかないとしても、仕事に充実感を覚える要素のように思われる。
中村さんは新卒で就職してから約10年かけて、仕事をする環境を自分でコントロールできるようにし、活動自体非常に好きであり面白いと感じるものにしてきた。学生時代、茶道で感じた「フロー体験」のような集中する喜びを、仕事で感じられるような土台を作り上げてきたのだ。
仕事を続けるか辞めるか、職種を変えるか変えないか、誘いを受けるか断るか―そのときどきの選択が、のちに振り返ると、キャリアと呼ばれる1本の道となる。
結婚、出産と女性にとって大きなライフイベントの最中も、自分らしくキャリアを積み上げてきた中村さん。「自分の考え方や体験をもっと文章にしたい」という思いも持っているのだという。
子育てと仕事の両立が大変な時期はまだまだ続く。その時期にどう中村さんらしく仕事を続けていくのか…彼女自身の言葉で紡がれるのを読んでみたいと感じるのは、私だけではないはずだ。
取材・執筆―石原智子