小学館のデジタル大辞泉によると、校正とは、”文字・文章を比べ合わせ、誤りを正すこと”。
スバキリ一味が発足して約2年、ライターは2022年12月現在18人と大幅に増員されたが、ライティングのチェック担当はいなかった。もちろん各自がツールを使ったり文言の確認をしたり、別担当にかけもちでチェックしてもらったりと可能な限りの努力はしてきたつもりだが、これだけライターが増え、ライティングが増えてくると、全ての文章を確認するのはやはり難しくなってくる。
そこに手を挙げてくれたのがサファイアさんだ。まだ参加して日が浅いが、すでに複数のプロジェクトにかかわり、スバキリ一味ライター向けに校正の講座を開くなど、活躍していただいている。
クールで淡々とした語り口もまさに校正者という感じで、ずっと校正の仕事をやってきている方なのかと思えばそうではないとのこと。
そもそも校正者って、なろうと思ってなれる仕事なのだろうか?校正を始めるきっかけって、いったい何だろう?
自然に逆らった生き方を辞めて、身体と心をケアするセラピストへ
アパレル業界出身と聞いて驚いた。校正からは全く想像がつかなかったからだ。
1か月で300万売り上げる販売員をしていたこともあるし、1着5万~10万もするお店で働いたこともあるという。いいモノを取り扱うことで目を養い、「似合っていて、品質に見合う値段なら買う」という価値観で洋服と向き合っていたそうだ。それは今でも変わらない。
しかし、そこからカジュアル衣料の「できるだけ安く」という世界に入ったとき、”毎シーズン流行が変わり、買ってもらわないと回っていかない”という構造に疑問を持った。
「どうしてあんな安い値段で服を売れるのか、考えたことはありますか?」
サファイアさんに問われたが、わたしは服の値段について真っ向から考えたことはなかった。でも、考えたことがある人は、ほとんどいないのではなかろうか。
サファイアさんは、それこそが問題だと思ったそうだ。
「考えたことがない人たちを、増やすのが嫌だったんです」
いいものを安く作るのはある意味素晴らしいことだが、それこそがモノの価値をどんどん下げているのではないだろうか?と気づいてしまったのだ。
洋服を作るとき、儲けはほとんど出ないという。だから大量に作らないと儲からない。一生懸命企画して、一生懸命準備したものなのに、結局値下げしないと売れないし、大量に作るから余ってしまう。
「なんて不自然なサイクルなんだろうと思っていました。
でもそういうサイクルを作っているのは、売る側なんですよね」
洋服だけじゃない。閉店間際のスーパーに行けば割引シールが次々に貼られ、シールがついたものしか買わない人がいる。ライティングだって、タダで書いてくれる家族や友人がいれば、それでいいという人もいるだろう。それがどんなに下手だったとしても。
「そういう考えの人を増やしているなあ」
「そういうのが嫌だな」
と思っていた時に起きたのが、東日本大震災だった。
自然の前では人間は無力だ。
そう感じたサファイアさんは、相手が見える仕事をしたいとアパレル会社を辞めた。
オイルトリートメントやアロマセラピーをはじめ、様々な勉強をしつつ自分に合うものを模索しながら身体と心のケアをするセラピストとして活動を始め、今に至る。
”違和感を感じる”センサーの大元は、その読書量!
では校正の仕事はいつからやっているのかを伺ったところ、コロナ禍でいろいろなことができなくなった、2年ほど前からだという。
「印刷会社の校正のバイトの募集が出ていたので」
そんなアルバイトがあるとは!
例えば、”六角形”と書くのと”6角形”と書くのではイメージが全然違う。そういう箇所を発見し、依頼主の企業側とどうするか決めてもらうよう、印刷会社の担当に伝えるのが校正の仕事だ。
なにげなく始めたそうだが、間違い探しが得意なサファイアさんの性に合っていたに違いない。しかも、誤字脱字を見ると「気持ち悪くなる」し、検討が必要な箇所には「違和感を感じる」というすごいセンサーを持っているのだ!
サファイアさんの”違和感を感じる”センサーの大元は、どうやらその読書量にあるようだ。
小学校では、なんと図書室の本を全て読破!しかも、1年生のときは漫画系の日本の歴史や世界の歴史、2年生・3年生のときは世界の偉人の本、といったようにシリーズを決めて読んでいたらしい。中身も全部覚えていて、テストを受ければ誰よりも早く終了し、90点以上取ってしまうような子どもだったそうだ。
今でも時間があれば、月に5冊は本を読んでいるというサファイアさん。その多くは自身の仕事ともかかわりの深い”人間の思考の仕組みにかかわる本”だが、決して仕事だから読んでいるのではない。「これ面白そう!」「これ読んでおきたい!」という感じで選んでいるという。
「それこそ本屋に行って10万円好きに使っていいって言われたらめっちゃ買います(笑)」
これまでどんな本を読んできたのか伺うと、
「昔よく読んでいたのは山田詠美さん、江戸川乱歩も読みましたし、江國香織さんも好き。『冷静と情熱のあいだ』は辻仁成さん版と1章ずつ交互に読んだ方が面白いと思って、そんな風に読んだりもしました。ムーミン谷シリーズも好きだし、オズの魔法使いも好きだし…」
と、出てくる出てくる!しかも本好きこだわりの読み方まで!
小説は10代20代で一通り読んだというし、読む量だけでなく、読むスピードも段違い。ジュール・ヴェルヌの名作『海底二万マイル』を小学生のときに1時間ちょいで読み終え、漫画は瞬殺だというから、5冊ぐらいまとめてじゃないと時間つぶしにもならなそうな勢いだ。
速く読めるから、より多くの本を読める。それがさらに、”変な言い回し”や”てにをは”が気になるという”違和感を感じる”センサーに磨きをかけたに違いない。
校正で大事なのは、読む人への思いやり
一味入りのきっかけは、ライター募集の呼びかけだ。ライターを募集するほど案件が増えているなら校正の需要があるはずだと考えたサファイアさん、「校正担当者いりませんか?」と、スバキリさんに声をかけたのだそう。
一味としては、校正の専門家をお迎えできて、願ったりかなったり!
印刷物と、WEBで表示されるクラウドファンディングの校正はちょっと異なるそうだが、その違いに興味を持ち、やってみたいと思ったそうだ。
校正で大事なのはなにより、読んだ時に読みやすいこと。
読む人に違和感を感じさせない、読む人への思いやり。それが校正の在り方だ、とサファイアさんは言う。
「読んでもらえなかったら、せっかくのクラウドファンディングがもったいないですよね」
しっかり読んでいただけるよう、ライター陣はできる限りのライティングをしているつもりではあるが、どうしても修正をゼロにするのは難しい…。そこでぜひ、校正の力をお借りできればありがたい!どうぞよろしくお願いします。
「『そんなこと気にする?』みたいなところを突っ込まれて、皆さんがちょっと不快な思いをする可能性もありますが(笑)」
自分の個性を知ることは、自信につながる
スバキリさんと出会ったのは、西野亮廣さんのオンラインサロン。スバキリさんがスバキリになったころ、つまり”素晴らしい切り絵作家”を名乗り始めたころからの知り合いだ。ちびぃさんやよらさんとも、そのころからお付き合いが始まった。
「スバキリ一味ができる前に、スバキリさんにクラウドファンディングの相談をしたこともあるんですよ」
その時のクラウドファンディングが、この「『学校では教わらない性教育』自分に絶対的な自信を持つ性教育の本を届けたい!」プロジェクトだ。
「わたし自身がセクシャルマイノリティなので、セクシャルマイノリティ側からいろんなものを見たときに、『うーん、そこじゃないんだよな』っていう面が、世の中にはたくさんあるんです」
例えば、みんながみんなカミングアウトできるかといえばそうではないらしい。カミングアウトするには自信がいる。自信が持てないのは自分の個性を認めていないからであり、日本人が”性自認”と”性的指向”について、全然勉強してこないところにその理由があるという。
物心ついたときには自分が男であるか女であるかということをなんとなく周りから知らされるところから始まり、「女だから○○」「男だから■■」と決めつけられ、制服だって男子はズボン、女子はスカートと決まっている学校もまだまだ多い。
でも本当は、自分の性は周りが決めるものではなく、自分で認識するもの。
それこそが自分軸であり、自分の個性だと認めることで、自信が持てるようになる。
「そういう教育が、性教育としてあるべき姿だと思うんです」
クラウドファンディングは願うような結果にはならず、まだこういった性教育を広めるには時間が必要だと感じたそうだが、大人も子どもも学ぶことで自分を知ってほしいというサファイアさんの思いは変わらない。
自分を知る学びは”性自認”や”性的指向”だけでなく、身体のことや心のこと、考え方を学ぶのも有効だ。
「個性を知ってもらうことで、より自分のやりたいことが見えたり、自分のできる範囲っていうのが明確になると思っています」
「なんで?」を考えた先を、形にできる場を
サファイアさんの身体と心のケアをするセラピストとしての活動は、昨年から講座がメインになった。
昨年は、自分の身体のことや健康のことに興味を持った方に向けて、”細胞って何からできているの?”に始まり、血液の話や消化の話その他、1年間かけていろいろな角度から『身体についての講座』を行っていたのだそう。
今年は、「昨年を踏まえてもっと学びたい!」という方に向けて、『思考についての講座』を行いつつ、身体の定期的なメンテナンスを行いながら思考癖を変えていく、というアプローチをとっている。
今後は”その人の個性を活かす” ”その人の個性を解放する”のが、サファイアさんの目標だ。そのために、学校教育ではない形の学習の場づくりをはじめ、関連した書籍の出版や分析ツールの作成など、やりたいことが山ほどある。
「自分のことを知るために学ぶ、相手を知るために学ぶ。学ぶっていうことに対してもっとフォーカスしてほしい、もっと大事にしてほしいんです」
今後AIがより発達し、多くの仕事がAIに取って代わられると言われる世の中で、AIにできない仕事は自分の中にあるはずだ。自分の強み、自分の個性、自分の売りをみんなが理解できる世の中になってほしい。
だから、「なんで?」を考えた先を形にできる場として、自分の学びたいときに学びたいことを好きなだけ学べる、子どもから大人まで年齢を問わず学べる、そんな学校を作りたいそうだ。
「最終的にはフリースクールのようなものを運営したいですね」
すでに昨年、サファイアさんはその第一歩を踏み出した。昨年の『身体についての講座』、今年の『思考についての講座』がまさにそれだ。
勉強したい人に、サファイアさんが教えられることを伝える、足りなかったらサファイアさんが新しく勉強して理解して伝える。そして「こういうのがあるよ」「ああいうのがあるよ」と情報を提供する…。すでにやりたいことはできている!いつの日か、開校する日が楽しみだ。
「講座そのものが、サファイアさんにとっては楽しいこと、なんですね」
「楽しいですね。新しいことを勉強してきて、『●●●っていうのはね、〇〇〇で△△△で□□□なんだよ!』って言ってるときは、めちゃめちゃ楽しそうに見えるらしいです」
そう話すサファイアさんは、変わらずクールな表情だけど、ちょっとだけ楽しげに見えた。
取材・執筆―堀中里香