人と関わり、自ら学ぶ。「自分でやるしかない」環境を味方につけて

メンバー紹介

スバキリ一味のメンバーは現在50人にもなるが、誰からの紹介でもなく、自ら探してアプローチしてきたのは、Kikoさんただひとりだ。

現在、サムネイル担当としてスバキリ一味の仕事を受けている愛知県在住のKikoさんは、平日昼間はオーガニックコスメ企業の自社ブランドデザイナーとして勤務する会社員。副業として、少し怪しい雰囲気の漂う「スバキリ一味」という集団に飛び込むのに、勇気は必要なかったのだろうか?

「副業を探すのにTwitterがいいと聞いて検索し、スバキリ一味の存在を知りました。タイムラインを遡ったり、フォロワーの数を見たりする限り、怪しさは感じませんでした」と飄々と語る。

物怖じせず、自然体で新しい世界に入っていけるというのは大きな強みだ。そんなKikoさんの性格は、どのように培われてきたのだろうか。

消去法でメディアを学ぶ

本業では、デザインのみならずWEB制作のためのコーディングもこなすというKikoさん。パソコンを触りはじめたのは幼稚園のときだった。CADオペレーターだった父に初代iMacを買い与えられ、小学校ですでにPhotoshopの簡易版を使って遊んでいたのだという。今から25年ほど前のこと…かなり時代を先取りした環境で、Kikoさんは育った。

大学では現代社会学部メディアプロデュースコース専攻。そう聞くと、幼い頃からWEB関連の仕事に就くことを目指してきたのかと思いきや、そうではなかったらしい。

「もともと目指していた大学に落ちてしまい、受かった大学の学部のなかから、就職のことを考えて、消去法で決めた感じ」なのだそう。今振り返ると人生の大きな岐路となったこの進路の選択が、消去法だったというのだから、人生は面白い。

大学ではテレビ・新聞・WEB等メディア全般について広く学び、Photoshopやillustratorは、授業で習うまでもなく使えていたが、WEBサイトのコーディング・動画制作・音楽制作まで、実践的な技術も学んだ。

「でも、デザイン事務所には応募する自信はなくて…そういうところで働く方って美大・芸大出身のイメージが強くて。私は絵を描くのはうまくなかったし、自分の作品をポートフォリオにまとめるなんてことはしてきませんでした。今思うとその頃はアートとデザインの区別もついていなかったのですよね」

(ポートレート。Kikoさん撮影)

就職活動はリーマンショックと東日本大震災の影響を受けた超氷河期の真っただ中。
「業界関係なく、仕事内容に興味を持てるところを100社以上受けたんですけど全然内定がもらえなくて。4月頃にやっと1つ内定をもらい、他のところに受かる気がせずにそこに決めて」就職したのは、男性向け革製品・シルバー製品を製造販売する会社だった。

幼い頃から親しんでいたパソコンでの画像編集や、学校で学んだコーディングなどが仕事に結びつくのは、もう少し後のことだ。

自分次第で売り上げを作り出せる喜び

就職した会社では、販売員として店舗に立った。既製品に加えオーダー品もあり、財布などの革の種類やシルバーのパーツなどを選んでもらい、カスタマイズして販売するというものだった。

「お客さんとやりとりして、気に入って買ってくれるというやりとりはとても楽しかったですね。自分の接客力次第で、売り上げが変わってきて…売り上げを競うのも嫌いじゃなかったんですよね。100人程度の販売員のなかで常に10位以内には入っていました」

(ポートレート。Kikoさん撮影)

販売員として採用されたものの大学でデザインを学んでいたことから声がかかり、POPのデザインや製品のデザインもいくつか手掛けた。

仕事は楽しかったが、朝は6時台に家を出て、夜は終電で帰宅、休みは年間40日ほどというハードな勤務体系に耐えられず、1年半ほどで辞めた。

人生には、「後から振り返ると、あの頃の経験が役に立っている」と感じることがある。Kikoさんにとってのこの販売員の経験はきっとそうだ。どうやったらお客様を喜ばせることができるか、目標金額に向かってどのようにすれば商品が売れるか、などを日々磨いてきた販売員の経験は、フリーランスにとって重要な「自分を売り込む」スキルにつながる。また、その視点を持ったデザイナーは、チームにとっても貴重な存在となるのだ。

自分で学び、決めるしかない

前職で少しデザインに携わったことで、やはりデザインは楽しい、仕事としてやってみたいと感じた。デザインやコーディングの勉強をし直したが、デザインの仕事は実務経験を求められることが多く、なかなか条件にあう会社は見つからなかった。当時ではじめのクラウドソーシングのサイトにいくつか登録するも、案件を受注するには至らず。そして半年間の求職期間ののち、Kikoさんは現在の会社と出会う。数少ない「未経験者OK」の会社だった。

就職したのは、オーガニック化粧品や日用品の企画・製造・販売を手掛けている会社で、従業員が入社当時は10名ほどのアットホームな職場だった。

自社商品のブランドごとに担当を割り振られ、企画書をおこすところから、商品化、広告の効果検証までひとりで全部やる、という方針の元、Kikoさんが受け持つ仕事は多岐に渡る。
WEB制作・運営/商品パッケージのデザイン/商品案内のチラシ等のデザイン・説明文・コピーライティング/LINE公式アカウントの運営など、専門性の高い仕事も含んで、ブランド全体をひとりで見ることを求められるのだ

(Kikoさん撮影)

広く深い知識が必要そうな「ブランド担当」は大変ではないかと聞くと、Kikoさんはこう答えた。

「私のような仕事の人が5~6人いるんですけど、未経験者ばっかりなんですよ。だから、誰が言ったことが正しいとかが特になくて、やりながら、自分で考えて決めてきたという感じですね。」

会社の朝礼で、いいと思うキャッチコピーを探してきて共有したり、マーケティングの他社事例を紹介したり、薬機法に関する気づきを共有したり…そのような「共に学んでいく」風土のある会社なのだそうだ。

教えてもらうのを待つのではなく、自分でやってみて、学ばなければ成長しない―そのような現場で力をつけてきた人は強い

(Kikoさん撮影)

LINE公式アカウントの担当として、どうすればお客様の気をひけるか、と毎週デザインとコピーを考え、配信してきたという経験の積み重ねが、現在スバキリ一味のサムネイル担当としても生きている。多くのデザイナーが苦労する「デザインに添えるコピーを考える」という工程が苦にならないのだそうだ。

Kikoさんはこう言う。

「他のデザイナーさんのつくったサムネイルを見ることで、自分の引き出しにないものの勉強になります」

自分で考え、学び取る姿勢が身についているKikoさんにとって、社外のデザイナーと同じチームに属することは、スキルを高められるまたとないチャンスなのだ。今の時代、副業が推進されるひとつの理由を、Kikoさんは体現している。

(Kikoさん撮影)

フリーランスに憧れて

今の会社に就職して9年目。働きはじめた当初は、朝9時から23時ころまでかかって仕事をこなしていたが、ここ1年は定時で帰れるように。できた時間の有効活用と、これまでの残業代分の収入の補填のために副業を考えるようになった。

「いつかフリーランスで働きたいというのはずっとあって。というのが、父親がフリーランスでCADオペレーターの仕事をしていたんです。母が私が高校生のときに病気で亡くなったのですが、父は在宅で仕事をしながら、家事もしてくれて。それを見ていたから、家で仕事をできるといいなという思いがずっとあるんです」

(Kikoさん撮影)

そんな思いを胸にTwitterで募集投稿を探し、いくつかの企業から、YouTubeのサムネイル制作やWEB制作、LINE公式アカウントの運用などの案件を受注した。スバキリ一味との出会いもそのなかのひとつだった。

会社員として、フリーランスの方に動画編集を依頼することもある。自分も仕事を受ける立場になって、発注する側と受注する側、両方の気持ちが分かるようになったのも仕事を進める上でプラスなのだという。

「どういうことを伝えたら、仕事を受注できるかが分かってきた」というKikoさんは、確実にフリーランスへの道を歩んでいる。

(Kikoさん撮影)

「人と関わる」が生み出すもの

自分が望む働き方へ確実に一歩ずつ近づいていくスタンスが印象的なKikoさんだが、そのスタンスはプライベートでも同様だ。

「人と話したい、関わりたい」という気持ちの強い人にとって、この行動範囲を制限されるコロナ禍は大変つらいものであるが、Kikoさんもそのひとりだった。コロナ前までは百貨店の催事でお客さまと接する機会があったが、それもなくなり、一人暮らしのKikoさんは、社外の人と話す機会がほとんどなくなってしまった。友人とも会いづらい状況、でも人と話したい…Kikoさんはリアルなコミュニティに飛び込んだ。

もともと客として訪れていた「SOCIAL TOWER MARKET」というマルシェのボランティアスタッフに手を挙げたのだ。

ABOUT - SOCIAL TOWER MARKET - 名古屋テレビ塔のあるまちに新しいかたちの社交場を
テレビ塔のあるまちに新しいかたちの社交場を過ぎ去った過去を懐かしみながら、今に残るものをただ守り継ぐのでなく

2022年の4月と5月のマルシェ開催時にスタッフとして参加。趣味のカメラで撮影係もやると申し出た。

会場は立体型公園の「オアシス21」(Kikoさん撮影)
4月「おやつと喫茶」5月「植物とアクセサリー」とテーマを持って出展者を募る(Kikoさん撮影)
(Kikoさん撮影)

参加してみると、マルシェに行くのが好きだったということもあり、似たものが好きな人たちが集まっていて居心地がよかった。さらに、10代の学生から、意識の高いデザイナー、40代の社長まで、幅広い人と出会えたことは、大きな刺激になっているという。

10月には名古屋城で「SOCIAL CATLE MARKET」と題してマルシェが開催される

この「人と関わるのが好き」というKikoさんの性格と、仕事に関して前向きで、「仕事を取りに行く」センスがあるのはきっと無関係ではない。人と関わるのが好きというのは、自分と相手が影響しあうことに喜びを感じるタイプだということができるだろう。つまりは、営業的な仕事を地で楽しめる人なのだ。

営業が苦手なクリエイターが多いなか、それは大きなアドバンテージだ。

「ビジネスとして考えるなら、仕事を取ってきて他の人に制作を任せるポジションがいちばんいいのでしょうけれど…そう言いつつ、制作するのが好きなんですよね」とKikoさんは笑う。

フリーランスへのアクセルを思いっきり踏んだとき、Kikoさんはどの方向へ走って、どんな景色を見るのだろう。物怖じをしないKikoさんなら、きっとどこへでも行けるし、そこで手にしたものを楽しめるに違いない。

(Kikoさん撮影)

取材・執筆―石原智子